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愛子さま18歳

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 愛子さまは偏差値72の超優等生だそうです

   秋篠宮家がトラブル続きなので

 愛子天皇待望論が高まっています  (^_^;)

 

天皇、皇后両陛下の長女、敬宮(としのみや)愛子さまは12月1日、18歳の誕生日を迎えられた。

4月に学習院女子高等科3年生となり、勉学に励む一方、高校生活最後となる運動会や文化祭などの行事で活躍するなど、充実した日々を過ごされている。

天皇陛下のご即位に伴う一連の関連儀式も逐次テレビなどで見守り、関心を持たれているという。

11月上旬に開催された文化祭では、3年生有志のグループでダンス公演にご出場。

洋楽やJ-POPなどの音楽に合わせて軽快なダンスを披露したほか、美化委員としてごみの分別作業にも取り組まれた。

一連の即位関連儀式では、早朝から深夜に及ぶ両陛下のご発着を赤坂御所で欠かさず見送り、出迎えられた。

10、11月に行われた「即位の礼」の中心儀式「即位礼正殿(せいでん)の儀」や「祝賀御列(おんれつ)の儀」では、皇室の伝統や国民の祝福の様子などを伝える報道を熱心にご覧に。

8月15日の終戦の日には、両陛下が初めて臨席された全国戦没者追悼式の様子をテレビで見ながら黙とうされた。

両陛下とともに訪れた静養先の栃木県那須町では8月、駅頭で小学生や高校生に積極的に声をかけられる場面も。

陛下と長年親交のある英国のアン王女が10月、赤坂御所を訪れた際に同席するなど、海外王族と英語で交流する機会も持たれた。

 


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雅子さまと黒田清子さん

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 世間的に言えば「嫁と小姑」。清子さんは生まれてからずっと皇室育ち、雅子さまはアメリカ育ちで、バリバリの元キャリアウーマン。ほとんど水と油。皇室の方々だって人間ですから、いろいろあったのかも  (^_^;)

 

11月22、23日と、天皇皇后両陛下は即位に関する一連の儀式を終えたことを伊勢神宮に奉告する「親謁の儀」に臨まれた。

この重要な皇室の行事で、両陛下とともに大役を務めたのが、天皇陛下の妹で伊勢神宮祭主の黒田清子さんだった。

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伊勢神宮を長年取材してきた文筆家の千種清美さんは、親謁の儀に臨んだ清子さんの様子についてこう語る。

「祭主さまは両陛下より早く伊勢にいらっしゃっていました。両陛下が神宮に到着された21日の夜は、両陛下がお泊まりになった内宮の行在所で大宮司、小宮司とともにお迎えになりました。内宮ご参拝後には、両陛下と食事をされたかもしれません」

前出の皇室担当記者は、21日の夜に注目する。

「ご一緒にひとときを過ごされた雅子さまと清子さんにとっては、いわば“和解の夜”になったのではないでしょうか。雅子さまが療養に入られる’03年12月以前から、関係者の間ではお二人の“不和”が囁かれていましたから」

皇室ジャーナリストの渡邉みどりさんもこう話す。

「天皇家に入った“嫁”である雅子さまには、公務でご多忙だった美智子さまに代わり、“小姑”である清子さんが折に触れ、皇室のしきたりや所作などをアドバイスしていたそうです。つまり雅子さまにとって清子さんは恩人ともいえるのですが、あるときを境に円滑なコミュニケーションがなくなってしまったと聞きました」

陛下と雅子さまのご結婚直前だった’93年4月、清子さんは24歳の誕生日に際しての文書回答で、雅子さまについてこう記していた。

《まだゆっくりとお話をする機会はございませんが、自分をしっかりと持っていらっしゃり、ユーモアのある楽しい方のように拝見しております》

義理の姉がやってくることを楽しみにする気持ちが伝わってくる。

ところが雅子さまが療養に入られて以降2005年頃から、雅子さまと清子さんの不和を象徴するような“事件”が次々と報道された。

「山階鳥類研究所に勤務し、バードバンダー(鳥類標識調査員)の資格も持つ清子さんは、研究のために赤坂御用地でカワセミの調査をしていました。早朝からの調査なので、何度か天皇陛下と雅子さまが住む赤坂東宮御所(当時)に泊まらせてもらっていたそうですが、あるときから宿泊の許可が下りなくなったという話を耳にしたことがあります」(前出・渡邉さん)

『週刊文春』(’05年12月29日号)によると、その後、清子さんは秋篠宮邸への宿泊を希望し、「いつでもどうぞ」と歓迎してくれた紀子さまと接近していったという。

また、翌年の『週刊ポスト』(’06年3月3日号)にはこんな記事が載った。

事件が起こったのは両陛下のご結婚3年目の’96年だという。

美智子さまと清子さんが御所でお菓子作りをされたとき、紀子さまは「ご一緒に」と呼ばれたのだが、雅子さまにはお声がかからなかったというのだ。

「チーズケーキ作りがお得意の雅子さまをお呼びにならないのは、いかにも不自然という声も上がりました」(宮内庁関係者)

20年以上も前から、雅子さまと清子さんの間には“緊張関係”があったのかもしれない。

清子さんが伊勢神宮の祭主に就任したのは’17年のこと。“退位特例法”が国会で可決された直後のことだった。

「当時は、次の皇后となられる雅子さまがご公務、特に祭祀へのご出席が難しく、御代替わりへの不安が大きかったのです。伊勢神宮祭主となれば、少なくとも年間30日は伊勢に滞在する必要があり、夫の黒田さんにも負担を強いることになります。それでも清子さんが引き受けたのは、皇室の外から新天皇を支えてほしいという美智子さまの強い願いがあったからなのです」(皇室ジャーナリスト)

一方、今年5月に皇后となられた雅子さまは、5月8日の「期日奉告の儀」、10月22日の「即位礼正殿の儀」、11月14日からの「大嘗宮の儀」、そして、今回の「親謁の儀」と、陛下の即位に関連した大きな宮中行事すべてに出席されている。

「御代替わり後、雅子さまは素晴らしい活躍をされています。目を見張るほどのご回復ぶりといっても過言ではないでしょう。皇室への思いの強さは、雅子さまも清子さんも同じです。宮中祭祀にも真摯に取り組む雅子さまのお姿が、皇室の祭祀を担う清子さんの心を動かしたのでしょう。長年のわだかまりは氷解して、お二人の間に“新しい絆”が生まれたのではないでしょうか」(皇室担当記者)

 


大饗の儀

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 日本人に生まれて良かった!

    令和の御代が

 ステキな時代になりますように  (^_^;)

 

天皇陛下が大嘗祭(だいじょうさい)の中心的儀式「大嘗宮の儀」(だいじょうきゅうのぎ)(14、15日)への参列者を招いてもてなされる饗宴(きょうえん)「大饗の儀」(だいきょうのぎ)が16日、皇居・宮殿「豊明殿(ほうめいでん)」で行われた。

安倍晋三首相や三権の長ら約290人が参加。

皇后さまと秋篠宮ご夫妻をはじめとする皇族方も臨席された。

陛下は正午ごろ、三種の神器のうち剣と璽(勾玉)をささげ持った侍従らと共に会場に入り

「大嘗宮の儀を終え、皆さんをお招きし、

 大饗を催すことを誠にうれしく思います」

とあいさつをされた。

豊明殿では天皇、皇后両陛下のお席の後ろの壁に、大正・昭和・平成の大饗の儀でも飾られた「錦軟障」(にしきのぜじょう)と呼ばれる長さ約9・3メートルの墨絵を配置。

左右の壁には、大嘗宮の儀に米を納めた悠紀(ゆき)地方(栃木県)の那須連山や男体山、主基(すき)地方(京都府)の嵐山や天橋立などの四季の風景と、関連する和歌が描かれた屏風(びょうぶ)が立てられた。

饗宴中は両地方の風俗舞も演じられた。

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参列者の献立は鯛のお造りと尾頭付きなど。

朱塗りの「御台盤」(おだいばん)と呼ばれる両陛下の御膳には、参列者の献立に加えて蒸しアワビなどが並んだ。

大饗の儀は18日も行われる。

 

 


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饗宴の儀

 

 

 

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 とても感動的な一日でした  (^_^;)

 


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皇居に虹

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 天照大御神が 天岩戸から

  お出ましになったのかなぁ

 と感じました  (^_^;)

 

「即位礼正殿の儀」が始まった途端、雨がやみ、日が差して青空が見え始め、皇居に虹がかかり、富士山も姿を現した中、祝砲がとどろきました。

 


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即位礼正殿の儀

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 ご即位によって令和の世が

  皇室と日本国がますます繁栄する

 良き時代となりますように  (^_^;)

 

皇居・宮殿で10月22日に行われる「即位礼正殿の儀」は、天皇の国事行為である「即位の礼」の中心儀式だ。

国内外の代表が参列する中、天皇陛下が即位を公に宣言されるが、その場は、皇室の長い歴史を伝える装束や調度品で華やかに彩られる。

5月1日に第126代天皇に即位された天皇陛下。

即位当日にも儀式はあったが、皇位継承から約半年を経て、いよいよ即位礼正殿の儀に臨まれる。

儀式は、皇室の伝統に根ざしながら、現代的な工夫も取り入れられて挙行される。

儀式が行われるのは宮殿で最も格式の高い「松の間」。

詳細はここをクリック

 


ダブル台風

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 天皇陛下のご即位祝賀パレード

   「祝賀御列の儀」

 延期して正解でしたね  (^_^;)

 

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即位の礼「祝賀御列の儀」1990年11月

 


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陛下のオヤジギャグ

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若い頃は何となく地味で 目立たない感じでしたが

即位された今 偉大なエンペラーになっていただけそうです

いま国民が心配しているのは 秋篠宮家だけ  (^_^;)

 

大勢の市民が天皇ご一家を出迎えた、8月19日の那須塩原駅前。

集まった人たちからドッと笑い声が上がる場面があった。

天皇陛下がハンカチでお顔の汗を拭きながら、笑顔で「ハンカチ王子」とつぶやかれたのだ。

実は陛下は昔から、いわゆる“親父ギャグ”を好まれていたという。

陛下の独身時代から取材をしてきた皇室ジャーナリストはこう語る。

「英国のオックスフォード大学への留学中にできた友人に、日本語の“殿下”という言葉を説明しようとされたときのことです。『私はデンカ』と言ってから天井の照明を指して、『これはデンキ。間違わないように』とおっしゃったそうです。それ以来、その友人にはデンキと呼ばれるようになったと笑っていらっしゃいました」

陛下と交流のあった元プロテニスプレーヤーの佐藤直子さんによる本誌への寄稿では、陛下の“自然なギャグ”も紹介されている。

佐藤さん宅のパーティに出席された陛下は、テーブルの移動を買って出たものの、テーブルと壁の間に挟まり出られなくなってしまう。

すると陛下は、その状態のまま「殿下、出んか」とポツリ。

思わず佐藤さんが聞き返すと、はにかんでいらしたという。

陛下のユーモア発言はまだまだある。一気に紹介しよう。

「もう、竹下景子は卒業しました」
(’85年10月、「理想の女性は竹下景子」という5年前の発言を報道陣に蒸し返されて)

「決して牛歩しているわけではありません」
(’92年7月、結婚が遅れていることについて回答されて。この年の国会ではPKO協力法に反対する野党が牛歩戦術を展開し、話題となっていた)

「ロウソクは浮いていませんよ」
(’08年1月、学習院女子大での講演で、ご自身が留学されたオックスフォード大学を紹介されて。大学の食堂は映画『ハリー・ポッター』のロケ地となっており、映画では魔法で宙に浮くロウソクが登場している)

「ネッシーはいなかったです」
(’19年2月、読書感想文コンクールの受賞者との懇談で、ご自身が撮影されたネス湖の写真を見せながら)

かつて陛下は、夫婦円満の秘訣を

《大変な時にも、「笑い」を生活の中で忘れない》

ことだと語られていた。

陛下の親父ギャグやユーモアは、国民を愛し、愛される秘訣でもあるのかもしれない――。

 


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ヴィオリスト・エンペラー

▲6年前の動画です  (^_^;)

 

学生時代より、ご趣味の1つとしてヴィオラを演奏されてきた天皇陛下。
学習院OB管弦楽団の定期演奏会にも度々参加されていますが、
過去にはモンゴルやブラジルを訪問された際にも、
サプライズでコンサートに参加し演奏を披露され、
出席者の人々を驚かせていらっしゃいます。

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さて、1890年創刊の英弦楽器専門誌「The Strad」は先日、
ヴィオラ奏者としての天皇陛下を特集した記事を配信。
上皇陛下がチェロ、上皇后陛下がピアノを演奏される事にも触れ、
「皇位はチェロ奏者からヴィオラ奏者へと引き継がれた」と紹介しています。

天皇陛下がヴィオラ奏者であるという事実に、
世界中のヴィオリストの方々から歓喜の声が殺到。
一般的にヴァイオリンなどと比べるとマイナーという認識があるようで、
「天皇陛下のおかげでようやくヴィオラに光があたった」
というニュアンスのコメントも目立っていました。

寄せられていた反応をまとめましたので、ごらんください。

 


 

■ ここに来て超クールな情報が飛び込んで来たな! +20 カナダ

■ ヴィオラを奏でるカイザーだなんて素晴らしい! ドイツ

■ ふっふっふっ、やはりヴィオラは高貴な楽器だったようだ。 +3 ギリシャ

■ WOW……。ヴィオラ奏者から指揮者になる人はかなり多い。
けど、とうとう皇帝まで誕生してしまったのか。 +12 カナダ

■ ヴィオラの音色は重厚で、それでいてソフト。
世界的にますます人気が高まっている楽器です。 +39 音楽サイト

■ とんでもなく、最高にクールな情報じゃないか。
ヴィオリスト・エンペラー。カッコいい! アメリカ

■ 皇位が音楽家から音楽家へと引き継がれたなんて素敵だ +5 フランス

■ 天皇陛下もヴィオリストだったのか……。泣けてきた……。 アメリカ

■ 日本にはヴィオラジョークが存在しないに違いない。 +6 カナダ

(※縁の下の力持ちと言える非常に重要な楽器ながらも、
特に過去には、比較的目立たない立ち位置だった事もあって、
「ヴィオラジョーク」が1つのジャンルとして存在している。
例:「ヴァイオリンを盗まれたくなければ、ヴィオラのケースに入れておけ」

■ ヴィオラ奏者が他の音楽家からリスペクトを獲得するには、
エンペラーの力が必要だったようだね +11 フランス

■ 音楽家であり歴史学者。なんて才能豊かな人なんだろう。 +3 アメリカ

■ ヴィオラの演奏者はかなり少ないの。
まさか天皇陛下が演奏してるなんて、本当に嬉しい! イギリス

■ ついにジョーク以外でヴィオラに光が
天皇陛下、あなたは素晴らしい
ヴィオラは本当に素敵な楽器ですよね +114 台湾

■ その通り!
私たちは天皇公認の楽器を弾いてるわけだね、ハハ! +3 台湾

■ テンノウサマと少なくとも1つは共通点があったみたいだ。
と言うか、皇族の人たちがみんな楽器を演奏するということを、
この記事のおかげで今初めて知ったよ。 +1 中国(米在住)

■ ヴィオラを選んだ陛下は、本当に謙虚なお人柄なんだろう……。 アメリカ

■ ついにヴィオラが世界を制する時が来たか!!!!! +17 イギリス

■ ヴィオリストの秘密結社が世界を征服するという噂を聞いた事があったが、
天皇が関わってるとなると、どうやら本当のようだな。 +3 フランス

■ 楽器を演奏する国家元首……。
私の国とは違って日本では芸術が大切にされてるのね。 +5 オーストラリア

■ ヴィオリスト・エンペラー……だと……?
ちなみに天皇陛下が好きな作曲家は誰なんだろう? +13 アメリカ

■ 親近感が湧く情報をありがとう。
ところで、過去から今までのスウェーデンの王族に、
楽器を演奏出来る人が1人でもいただろうか?
全くいなかったような気がするが。 +6 スウェーデン

■ 祭りだ祭りだー!!!!!
世界の国家元首がみんな日本の天皇みたいに、
文化的で、教養があって、芸術に理解があれば、
この世の中はもっと素晴らしいものになるのに!! +16 ギリシャ

■ エンペラドルという最高に頼もしい仲間が加わった +11 チリ

■ これは有名な話だと思ってたけど……。
僕は天皇にヴィオラを教えた先生の名前まで知ってるよ。 +6 アメリカ

■ 陛下もヴィオラジョークを見て笑うのかな?? +6 カナダ

■ これを機にヴィオラジョークは禁止にしよう!
だってさすがに失礼に当たるでしょ! +2 アメリカ

■ 前に政府関連の行事に呼ばれた時に、
陛下と一緒に演奏させていただく栄誉にあずかりました❤️ +23 タイ

■ ああ、知ってたさ……。
そりゃあ天皇はサックスは吹かないだろうさ……涙 +2 米サックス奏者

■ はぁ、私たちのトップも同じくらい文化的な人なら……。 +21 国籍不明

■ うぉー、ヴィオラの時代がやって来たぞー!!!! +37 アメリカ

■ ふっふっふっ、私たちヴィオラ奏者にはエンペラーがついている。
それで、あなた達のバックには誰がいるのかしら? +11 国籍不明

■ 皇族がコンサートに参加して演奏するのか……。
ヨーロッパ人のメンタリティとは大違いだ……。 +3 フランス

■ つまり、俺たちヴィオラ弾きも王族の一員。
論理的思考力を駆使して弾き出した答えがそれだ! +2 イギリス

■ 天皇陛下万歳と叫ばずにはいられない! +15 国籍不明

■ 陛下はきっと、調和を大切にされている方なんでしょうね。 +2 南アフリカ

■ 皇帝でありながら音楽家って、カッコよすぎません!? +8 アメリカ

■ 天皇陛下のお人柄やお立場を考えると、
これ以上ないくらい適した楽器だと思います! オーケストラ専門サイト

 


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宮中晩さん会

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 皇室は日本人の統合の基礎(国家分裂を防ぐ)

  日米同盟は日本の平和の基礎(戦争を防ぐ)

 統合と平和が、いつまでも続いて欲しいです  (^_^;)

 

国賓のトランプ米大統領夫妻を歓迎する天皇皇后両陛下主催の宮中晩餐が27日夜、皇居・宮殿「豊明殿」で開かれた。

陛下は即位後初となる宮中晩餐会のお言葉で、現在の「強い友情の絆」を強調し、未来志向の両国関係の進展を希望された。

 晩餐会には、秋篠宮ご夫妻ら皇族方、安倍首相ら三権の長など日米の関係者165人が出席。

天皇陛下はお言葉で、日米両国と国民が

「様々な困難を乗り越え、相互理解と信頼を育み、

 極めて親しい隣国として、強い友情の絆で結ばれている」

とし、芸術やスポーツ、最先端技術など幅広い分野で交流が深まっていることを喜ばれた。

トランプ大統領は、歓迎に感謝の意を表し、令和の始まりを祝福した上で

「大切に育まれてきた絆を、我々の子孫のために守っていく」

と応じた。

 皇后さまは食後にお茶を飲みながら歓談する「後席こうせき」にも2003年10月以来、16年ぶりに出席するなど最後まで夫妻をもてなされた。

 同日午前には、両陛下は宮殿の竹の間でトランプ夫妻と会見された。

陛下にとって即位後初の外国元首との会見。

約200年ぶりとなった天皇退位などが話題に上り、皇后さまとメラニア夫人はお子さま方の教育やスポーツについて英語で懇談されたという。

 

▼宮中晩さん会 皇居

▼歓迎式典 皇居

▼栄誉礼 迎賓館

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▼国の統合が失われ、国家分裂(内戦)になると、現在のシリアのようになります

一般に、内戦は戦争よりも、はるかに残酷で悲惨です  ((((;゚д゚))))

 

日本は過去に2回、大規模な内戦を経験しています。

1回目は2世紀の「倭国の大乱」で、その反省から、女帝(卑弥呼)を立てて諸勢力が平和連合を実現し、その後の大和朝廷による国家統一につながっていったようです。

2回目は16世紀の「戦国時代」で、この時はトコトン戦って最終的に徳川幕府となり、世界史でも珍しい260年間に渡る平和(国家統一、パクス・トクガワーナ)を実現しました。

幕末に3回目の大規模な内戦が起きかけ、英仏など外国の介入を招きそうになりましたが、当時の日本人の英知により、泥沼の内戦を避けることができました  (^_^;)

 


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マックバーガー大好き

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 本当に好きなのかもしれませんが

  支持層である米国労働者階級の好みに

 合わせているのかもしれません  (^_^;)

 

令和初の国賓、アメリカのトランプ大統領(72)への宮中晩餐会は、5月27日の月曜に予定されている。

「トランプ大統領の大好物は、マクドナルドのハンバーガーとケンタッキーフライドチキン、そして牛肉のステーキと言われています。

特にステーキは肉が焦げ、カチコチになるまで焼かせ、それにケチャップをかけます。

この大統領のスタイルは、アメリカでも有名らしく、

『ケチャップなんて子供っぽい』

『せっかくの牛肉が台無し』

『下賎』

と散々なのですが、トランプの支持層には

『気取らないところがいい』

と歓迎されているそうです」

 ステーキの食べ方でさえトランプは“米国民を分断”してしまうわけだが、宮中晩餐会でも、その好みを変える気はないという。

「米政府からは『羊肉でOK』という意向が伝えられたそうですが、焼き方についてはベリー・ウェルダン、つまり

『徹底的に火を通してほしい』

という要望が来ており、ケチャップも用意するそうです。

宮中晩餐会で供される自慢の羊料理は、食べた方が少ないので正確な実像は分からないのですが、ややレア気味に仕上げ、丹精込めて作られたソースが添えられていると言われています。

オーソドックスな食べ方とは、かなり違うことになるかもしれません」


雅子さまは強打者だった

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 非常に優秀な外交官だった訳ですから

  これから皇后陛下として皇室外交に

 大いに能力を発揮していただきたい!  (^_^;)

 

 皇后になられた雅子さまは、幼少期をニューヨークで、高校、大学時代をボストンでお過ごしになった。

 ボストンではどんな高校時代を送られたのか?

5月2日付の米紙ボストン・グローブ(電子版)が、過去の記事から、雅子さまの高校時代を振り返っている。

人気ドラマの劇制作

雅子さまが日本からボストンに移住し、ボストン郊外のベルモントにあるベルモント高校の2年生に編入されたのは1979年のこと。

当時の雅子さまにについて、教師の一人、リリアン・カッツ氏が、雅子さまが模範生だったこと、勉学に熱心で、化学、物理、数学、ドイツ語に秀でたこと、クラスのトップ10%に入る成績で卒業したことを回想、「彼女は素晴らしかった。頭が良く、優しく、思いやりがあった」と1993年の同紙の記事で話している。
ベルモント高校の1981年度の卒業アルバムに掲載されている高校時代の雅子さま。写真:boston.com

 

ベルモント高校の1981年度の卒業アルバムに掲載されている高校時代の雅子さま。写真:boston.com

 同紙に掲載された1981年度の卒業アルバムによると、雅子さまは、課外活動では数学チームとフランス語クラブに所属。思い出としては、ケネディ図書館、MASH(マッシュ)、ドイツ語、東京、ESL、エンサイクロペディアなどが記されている。「2年生の初めにここに来て、素晴らしい時を過ごしました。友だちみんなに感謝。友情は永遠」という感謝の一言も添えられている。

 ケネディ図書館とは、ジョン・ F・ケネディ元大統領を紹介する映像や写真、遺品など、ケネディ元大統領に纏わる様々な歴史的資料が展示されているボストンにある博物館のこと。

 MASH(マッシュ)は、アメリカで1970年代初め~1980年代初めにかけて人気のあった医療ドラマで、朝鮮戦争時、韓国の野戦病院に駐留していた医師たちに起きる出来事を描いたブラック・コメディだ。オーストラリア人ジャーナリスト、ベン・ヒルズ氏の著書「プリンセス・マサコ:菊の玉座の囚われ人」によると、雅子さまの高校3年時のクラスはMASH(マッシュ)の劇を行い、雅子さまはその制作に参加していたという。

愛するお兄さん

 同紙は、1993年の記事で、雅子さまが、少女時代、熱心なソフトボールのプレイヤーで、少年たちが一緒に試合をしてくれなかったために、女子ソフトボールチームを結成したことにも触れている。

 また、当時、雅子さまはちょっとおてんば娘で、先生が雅子さまに「礼儀正しい日本の女の子にしてはあまりにボーイッシュ過ぎる」と言ったことや、雅子さまの妹たちが彼女を「愛するお兄さん(Dear Brother)」と冗談で呼んでいたという微笑ましいエピソードも紹介。

 雅子さまが、大きな野球リーグに入るのを夢見ていたほどソフトボールが得意だったことにも言及している。

「彼女(雅子さま)は3塁を守る能力があり、ボールを校庭の外まで打ち飛ばし、(それを見た)少年たちは驚いてポカンと口をあけ、先生たちは眉をひそめた。彼女のヒーローはみな野球選手だった。彼女は大きな野球リーグに入ることを夢見ていた」

 しかし、雅子さまはベルモントに引っ越してからは、テニスやスキーをするために、その夢を断念したという。

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 とはいっても、雅子さまはベルモント高校でもソフトボール部に所属、背番号11番で2塁を守っていた。チームメイトたちと一緒に写っている写真もある。上記の卒業アルバムでは、雅子さまは課外活動の中にソフトボールを入れてはいないが、ソフトボールの腕前が素晴らしいことで有名だったという。

 同紙によると、前述のヒルズ氏の著書には、以下のように書かれている。

「ベルモント高校時代、学業記録以外で、彼女(雅子さま)に関して唯一公になった報道は、ソフトボールが上手いことから、彼女のことを“スラッガー(長打力のある強打者)・マサコ”と呼んでいる地元紙の記事だ」

 

 


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天皇陛下のご即位を祝う一般参賀

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 皇居前広場が参賀を待つ行列で埋め尽くされました

  新しい皇室への国民の支持は絶大なようです  (^_^;)

 

天皇陛下のご即位を祝う一般参賀が4日、皇居で行われ、天皇、皇后両陛下と秋篠宮ご夫妻をはじめとする皇族方が、宮殿「長和殿」のベランダで参賀者に応えられた。

1日に即位された陛下が公式行事で国民の前に出る初めての機会で、

「ここに皆さんの健康と幸せを祈るとともに、わが国が諸外国と手を携えて世界の平和を求めつつ、一層の発展を遂げることを心から願っております」

とお言葉を述べられた。

参賀は午前10時から6回行われ、陛下は毎回お言葉を述べられた。

参賀者は計14万1130人に上った。上皇ご夫妻や未成年皇族は参加されなかった。

平成2年11月に実施された上皇さまのご即位に伴う一般参賀は計8回で10万9800人が足を運んだが、今回はこれを上回った。

今年の新年一般参賀の参賀者は15万4800人だった。

参賀には米国、ドイツ、フランス、中国などのメディアの姿もあり、諸外国からも高い注目を集めた。

皇居のある東京都千代田区では最高気温が24・8度と6月上旬並みまで上がり、熱中症とみられる症状で倒れる参賀者が続出。

約120人が救護室で診察を受け、10~80代の男女28人が救急搬送された。

陛下は午後2時以降の2回のお言葉では、暑さの中の参賀に感謝を示す一言も加えられた。

また、最終回の前には雷が接近しているとの予報があり、両陛下が参賀者に配慮し、お出ましの時間を早められたという。


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女帝賛成8割

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 やはり小室問題の暗い影を感じます

  状況をここまで悪化させた秋篠宮家に対する

 不信任投票のようにも思われます  (;´Д`)

 

共同通信社が4月1、2両日実施した全国緊急電話世論調査によると、ご即位された天皇陛下に、82.5%が「親しみを感じる」と回答した。

「親しみを感じない」は、11.3%にとどまった。

皇室典範で「男系男子」に限るとした皇位継承を巡り、

 女性天皇を認めることに賛成は79.6%で、反対の13.3%を上回った。

内閣支持率は51.9%。4月の前回調査比0.9ポイント減でほぼ横ばいだった。

不支持は1.1ポイント減の31.3%となった。

今回のご退位は、上皇さま一代に限って認められた。

今後の天皇のご退位に関しては「認めるべきだ」が93.5%に上った。「認めるべきではない」は3.5%。

 


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剣璽等承継の儀 即位後朝見の儀

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天皇陛下が即位後朝見の儀で述べられたお言葉

 

日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより、ここに皇位を継承しました。

この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。

顧みれば、上皇陛下には御即位より、30年以上の長きにわたり、世界の平和と国民の幸せを願われ、いかなる時も国民と苦楽を共にされながら、その強い御(み)心を御自身のお姿でお示しになりつつ、一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。

ここに、皇位を継承するに当たり、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、また、歴代の天皇のなさりようを心にとどめ、自己の研鑽(さん)に励むとともに、常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望します。

 

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▲改元を祝して、神戸・阪神間から集まった45台のだんじり巡行

 

天皇陛下は1日午前0時、皇室典範特例法の規定に従い、第126代天皇に即位された。

同時刻に元号も改められ、「令和」時代がスタートした。

陛下は同日午前、皇居・宮殿で、皇位継承に伴う最初の儀式「剣璽けんじ等承継の儀」に臨み、皇位の証しとして伝わる剣や曲玉まがたまなどを受け継がれた。

続いて「即位後朝見ちょうけんの儀」で国民の代表と会い、「国民に寄り添い、憲法にのっとり、象徴としての責務を果たす」など、天皇として初のお言葉を述べられた。

 陛下はこれらの儀式に先立ち、宮殿「菊の間」で、午前10時過ぎ、天皇として初の公務に臨まれた。自身の即位に伴う二つの儀式を国の儀式として行うとする閣議決定を決裁された。

 剣璽等承継の儀は午前10時半に始まり、陛下は最も格式が高いえんび服に勲章を着用して入場された。

 新たに皇位継承順位1位の皇嗣となった秋篠宮さま、車椅子に乗った常陸宮さまが続かれ、三権の長や閣僚らが参列した。

 陛下が壇上に立たれると、剣と曲玉、天皇が国事行為で使う国璽こくじ(日本国の印)・御璽ぎょじ(天皇の印)を持った4人の侍従が、一列になって入場。それぞれを陛下の前の台に置いた。

 剣と曲玉は、陛下のお住まい・赤坂御所に安置されることになる。もう一つの皇位の証しである鏡は、皇居・宮中三殿の賢所かしこどころに保管されている。

 午前11時12分に始まった即位後朝見の儀には、皇后雅子さまや秋篠宮ご夫妻ら成年の皇族方計13人が参列。国民の代表として、安倍首相ら三権の長や閣僚、都道府県知事、都道府県議会の代表らが参列した。

 陛下は、憲法と典範特例法の定めるところにより、皇位継承したことを明らかにした上で、「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たす」と誓い、国民の幸せや国の発展、世界平和を希望された。

 安倍首相が国民代表の辞で祝意を伝えた上で、陛下を象徴と仰ぎ、「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ時代を創り上げていく」などと述べた。

 陛下は午後、1日付で就任した小田野展丈のぶたけ・侍従長、河相周夫ちかお・上皇侍従長の認証官任命式に臨まれた。

 その後、皇后さまと共に皇居・吹上仙洞せんとう御所を訪れ、上皇ご夫妻にあいさつし、宮殿では、皇族方らの祝賀を受けられる。

 


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