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雅子さまと黒田清子さん

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 世間的に言えば「嫁と小姑」。清子さんは生まれてからずっと皇室育ち、雅子さまはアメリカ育ちで、バリバリの元キャリアウーマン。ほとんど水と油。皇室の方々だって人間ですから、いろいろあったのかも  (^_^;)

 

11月22、23日と、天皇皇后両陛下は即位に関する一連の儀式を終えたことを伊勢神宮に奉告する「親謁の儀」に臨まれた。

この重要な皇室の行事で、両陛下とともに大役を務めたのが、天皇陛下の妹で伊勢神宮祭主の黒田清子さんだった。

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伊勢神宮を長年取材してきた文筆家の千種清美さんは、親謁の儀に臨んだ清子さんの様子についてこう語る。

「祭主さまは両陛下より早く伊勢にいらっしゃっていました。両陛下が神宮に到着された21日の夜は、両陛下がお泊まりになった内宮の行在所で大宮司、小宮司とともにお迎えになりました。内宮ご参拝後には、両陛下と食事をされたかもしれません」

前出の皇室担当記者は、21日の夜に注目する。

「ご一緒にひとときを過ごされた雅子さまと清子さんにとっては、いわば“和解の夜”になったのではないでしょうか。雅子さまが療養に入られる’03年12月以前から、関係者の間ではお二人の“不和”が囁かれていましたから」

皇室ジャーナリストの渡邉みどりさんもこう話す。

「天皇家に入った“嫁”である雅子さまには、公務でご多忙だった美智子さまに代わり、“小姑”である清子さんが折に触れ、皇室のしきたりや所作などをアドバイスしていたそうです。つまり雅子さまにとって清子さんは恩人ともいえるのですが、あるときを境に円滑なコミュニケーションがなくなってしまったと聞きました」

陛下と雅子さまのご結婚直前だった’93年4月、清子さんは24歳の誕生日に際しての文書回答で、雅子さまについてこう記していた。

《まだゆっくりとお話をする機会はございませんが、自分をしっかりと持っていらっしゃり、ユーモアのある楽しい方のように拝見しております》

義理の姉がやってくることを楽しみにする気持ちが伝わってくる。

ところが雅子さまが療養に入られて以降2005年頃から、雅子さまと清子さんの不和を象徴するような“事件”が次々と報道された。

「山階鳥類研究所に勤務し、バードバンダー(鳥類標識調査員)の資格も持つ清子さんは、研究のために赤坂御用地でカワセミの調査をしていました。早朝からの調査なので、何度か天皇陛下と雅子さまが住む赤坂東宮御所(当時)に泊まらせてもらっていたそうですが、あるときから宿泊の許可が下りなくなったという話を耳にしたことがあります」(前出・渡邉さん)

『週刊文春』(’05年12月29日号)によると、その後、清子さんは秋篠宮邸への宿泊を希望し、「いつでもどうぞ」と歓迎してくれた紀子さまと接近していったという。

また、翌年の『週刊ポスト』(’06年3月3日号)にはこんな記事が載った。

事件が起こったのは両陛下のご結婚3年目の’96年だという。

美智子さまと清子さんが御所でお菓子作りをされたとき、紀子さまは「ご一緒に」と呼ばれたのだが、雅子さまにはお声がかからなかったというのだ。

「チーズケーキ作りがお得意の雅子さまをお呼びにならないのは、いかにも不自然という声も上がりました」(宮内庁関係者)

20年以上も前から、雅子さまと清子さんの間には“緊張関係”があったのかもしれない。

清子さんが伊勢神宮の祭主に就任したのは’17年のこと。“退位特例法”が国会で可決された直後のことだった。

「当時は、次の皇后となられる雅子さまがご公務、特に祭祀へのご出席が難しく、御代替わりへの不安が大きかったのです。伊勢神宮祭主となれば、少なくとも年間30日は伊勢に滞在する必要があり、夫の黒田さんにも負担を強いることになります。それでも清子さんが引き受けたのは、皇室の外から新天皇を支えてほしいという美智子さまの強い願いがあったからなのです」(皇室ジャーナリスト)

一方、今年5月に皇后となられた雅子さまは、5月8日の「期日奉告の儀」、10月22日の「即位礼正殿の儀」、11月14日からの「大嘗宮の儀」、そして、今回の「親謁の儀」と、陛下の即位に関連した大きな宮中行事すべてに出席されている。

「御代替わり後、雅子さまは素晴らしい活躍をされています。目を見張るほどのご回復ぶりといっても過言ではないでしょう。皇室への思いの強さは、雅子さまも清子さんも同じです。宮中祭祀にも真摯に取り組む雅子さまのお姿が、皇室の祭祀を担う清子さんの心を動かしたのでしょう。長年のわだかまりは氷解して、お二人の間に“新しい絆”が生まれたのではないでしょうか」(皇室担当記者)

 


壇蜜さん結婚!

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 壇密先生の保健体育の授業

  どんなこと教えてるんだろ?  (^_^;)

 

タレントの壇蜜(38)が、『東京都北区赤羽』『ウヒョッ!東京都北区赤羽』などで知られる漫画家・清野とおるさん(39)と結婚することが21日、スポーツ報知の取材で分かった。

「いい夫婦の日」の11月22日に婚姻届を提出した。

 

テレビ局関係者によると、2人は17年3月に放送されたTBS系『櫻井・有吉THE夜会』での共演をきっかけに交際をスタート。

 

壇蜜(だん・みつ)

本名・齋藤支靜加(さいとう・しずか)。

1980年12月3日、秋田県生まれ。38歳。

昭和女子大卒業後に銀座のクラブ、葬儀会社の研修勤務などを経て2009年デビュー。

10年に本名から改名。芸名の壇は仏壇、蜜は供え物を指す。

14歳から始めた日本舞踊は師範の資格を持つ。

レギュラーはNHKラジオ第2「高校講座 保健体育」、文化放送「大竹まことゴールデンラジオ!」水曜パートナー、同「壇蜜の耳蜜」。

身長158センチ。血液型O。

 


金田寛教授 逮捕 ストーカー

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 68歳でも スゴイ情熱

  元気だなぁ~  (^_^;)

 

風俗店に勤める20代女性の自宅前で待ち伏せし付きまとうなどしたとして、警視庁町田署は29日までに、ストーカー規制法違反容疑で九州工業大特任教授の金田寛容疑者(68)=北九州市戸畑区仙水町=を逮捕した。

金田寛教授は「姿を見るつもりだった」と容疑を認めている。

同署によると、金田寛教授は昨年6月に客として女性と知り合った。

金田寛教授は、愛人関係を迫ったため今年2月に店から出入りを禁止されたが、それ以降数十回にわたり、女性に「会いたい」などとメールを送り続けたという。

女性は今月27日、金田寛教授に車で付きまとわれて交番に駆け込み、町田署員が金田寛教授に職務質問し、付きまといを認めたため逮捕した。

 


年を取ったなぁ

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“自分、年を取ったなぁ……”と思うこと、ありませんか?

若い頃には考えもしなかった心や体の変化に直面し、ちょっとブルーになることってありますよね。

でも大丈夫! 年を取るのはみんな平等。

世の中に加齢から無縁な人はいません!

TOKYO FMの生放送番組「高橋みなみの『これから、何する?』」10月23日(水)の生放送では、パーソナリティをつとめるたかみなが「“自分、年を取ったな……”と思うエピソード」に寄せられたメッセージについて答えてくれました。

詳細はここをクリック

 


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訃報 吾妻ひでお

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 美少女マンガ教の教祖にして

  うつ病や統合失調症など

 精神疾患のデパートみたいな人でした

  中島らもとか 天才アル中芸術家は

 みんな早死にしてしまう  (T_T)

 

「失踪日記」で知られる漫画家の吾妻ひでお(あづま・ひでお、本名日出夫=ひでお)さんが13日未明、東京都内の病院で死去した。

69歳。北海道出身。葬儀・告別式は近親者で行った。

食道がんで闘病していた。

1969年にデビュー。

テレビアニメ化もされた人気作「ななこSOS」のほか、「ふたりと5人」などのギャグ漫画を多く手掛けた。

一方で、2度も失跡したり、アルコール依存症で入院したりするなど型破りに生き、漫画執筆が何度も危ぶまれた。

心身が回復する過程で壮絶な実体験を漫画に描き、2005年「失踪日記」として出版。

同年の日本漫画家協会賞大賞に選ばれた。

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金ピカ先生

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まずは、先日亡くなった「金ピカ先生」こと佐藤忠志さん(享年68)のご冥福を心からお祈りしたい。

我々は8月末日、「かつて一斉を風靡した人びとに、近況を尋ねに行く」という趣旨の取材で佐藤さんのもとを訪れていた。

佐藤さんは快く応じてくれたが、かつてから変わり果てた生き様には、「人生とはいったいなんだろうか」と、深く考えさせられるものがあった。

追悼の思いを込めて、その日のことを振り返る。

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日本オタク

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 なぜかフランス人には 異常なほどの日本好きがいて

  以前、高野山に行ったら フランス人だらけで

 ビックリしたことがあります  (^_^;)

 

9月26日に86歳で死去したフランスの第22代大統領、
ジャック・シラク氏の国葬が同月30日、パリの教会で行われ、
同時代を担ったクリントン元米大統領やプーチン大統領など、
世界各国の首脳級が参列しました。

シラク元大統領は大の親日家・知日家として知られ、
公私を含めた来日回数は50回近くに上るとされています。
特に大きな関心を寄せていたのは大相撲で、
本場所中は中入り後の全ての力士の成績を東京の外交官に報告させ、
衛星通信が発達すると、エリゼ宮で取り組みを観戦していました
(飼い犬の名前は「スモウ」。お気に入りの力士は貴乃花。夫人は曙)。

また、縄文土器にも造詣が深く、パリで開催された展覧会を訪れた際には、
縄文土器が作られた時代(前期・中期など)も言い当てたそうです。

シラク元大統領の親日エピソードは挙げるとキリがありませんが、
その親日ぶりは母国フランスでも有名で、
AFP通信やパリジャンなど多くのフランスメディアが、
追悼記事で大の親日家であったことに触れています。

 


経済産業ダンス大臣

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まずは写真をご覧いただきたい。

右の男性は多くの方がご存知だろう。

ダンサーにしてTRFのメンバーでもあるSAM(57)だ。

安室奈美恵(42)と結婚していたことでも知られる。

一方、左の男性をお分かりの方は、どれくらい、いるだろうか――?

この写真が掲載されたのは週刊新潮の2015年11月12日号。

「あのセンセイのこんな趣味 第2弾」というグラビア特集に掲載された。

タイトル通り、国会議員5人の珍しい趣味を紹介している。

趣味がダンス、という左の男性は、菅原一秀・衆議院議員(57)だ。

自民党代議士で、9月11日に発足した第4次安倍再改造内閣で経済産業大臣として初入閣を果たした。

 


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訃報 安部譲二氏 82歳

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 麻布中学では橋本元首相のご学友

  非常に才能に恵まれた人物が

 非常に特異な人生を歩みました  (T_T)

 

刑務所での収監体験をユーモラスに描いた自伝的小説「塀の中の懲りない面々」などで知られる作家の安部譲二(あべ・じょうじ、本名安部直也〈あべ・なおや〉)さんが2日、急性肺炎で死去した。

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82歳だった。葬儀は近親者で営んだ。喪主は妻美智子さん。

東京都出身。

国民学校(現在の小学校)低学年にして、シェイクスピア全集や漱石全集、世界文学全集、プルターク英雄伝、名将言行録などを片っ端から読破。

東京都港区立麻布小学校では神童と呼ばれた。

中学時代に暴力団に加わり、その後は客室乗務員、ばくち打ち、用心棒、キックボクシングの解説者などを経験した。

東京・府中刑務所での実体験をもとに描いた1986年のデビュー作「塀の中の懲りない面々」がベストセラーになり、映画化もされた。

「塀の中のプレイ・ボール」「極道渡世の素敵な面々」など極道をテーマにした軽妙な作品を次々に発表して人気を博した。

 


台風サーファー(62)溺死

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 亡くなったのは残念だけど

  62歳で 台風中にサーフィン!

 若っいなぁ~ (^_^;)

 

9月8日正午ごろ、神奈川県平塚市高浜台の沖合約100メートルで、サーフィンに来ていた中津川和宏さん(62)=住所、職業不詳=が浮いているのを、近くの海岸にいた男性が見つけた。

中津川さんは救助されたが、搬送先の病院で死亡が確認された。

気象庁によると、同市には当時、台風15号の影響で波浪警報が出ていた。

神奈川県警平塚署によると、中津川さんは同日午前から友人とサーフィンに訪れていた。

発見時、海岸にサーフボードが打ち上げられていた。

同署は溺れたとみて詳しい状況を調べている。

 


メラニアはトゥルドーが大好き

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 安倍ちゃんと昭恵夫人の仲も

  かなり冷え込んでるそうなので

 何が起きるか見守ろう  (^_^;)

 

恒例の首脳宣言採択が見送られるなど冷めた空気が漂ったフランスのビアリッツでのG7サミット(主要7カ国首脳会議)。

だが、中には熱々の話題もあった。

メラニア・トランプ米大統領夫人と、カナダのジャスティン・トゥルドー首相の親密な姿だ(左)。

サミット終了後の記念撮影の際、頬を寄せ合い、今にもキスしそうな2人の写真は#MelaniaLovesTrudeau(メラニアはトゥルドーが大好き)のハッシュタグと共に、瞬く間にツイッターで広がった。

大統領就任当初から、トランプ夫妻の仲は冷え切っているとの噂が絶えない。

父親ほど年が離れたトランプ(73)と違い、トゥルドー(47)メラニア(49)と同世代。

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しかも俳優並みのイケメン。

メラニアが手をつないだ夫の背後で、夫の前では見せないような表情をしているのも、人々の昼メロ的妄想をかきたてた。

「私をここから連れ出して」

というメラニアの声が聞こえてきそう……。

「あらら」という表情のブリジット・マクロン仏大統領夫人(右端)も素敵な脇役だ。

 


キーエンスの社員だった

WS000茨城県内の高速道路上で煽り運転を繰り返した末に、男性ドライバーを殴りつけた宮崎文夫容疑者(43)。

警察は宮崎容疑者を全国に指名手配し、8月18日午前に大阪市内で逮捕した。

「名前を見て彼だと分かった時、ああ、やりそうだな、と思いました」

こう話すのは、宮崎容疑者と同期入社した男性だ。

関西の有名私大を卒業した後に、宮崎容疑者が入社したのは、精密機器を製造販売する東証1部上場の超優良企業キーエンスだった。

同社は世界約50カ国に進出し、海外売り上げ比率が5割を超える。

社員の待遇が良いことでも知られ、上場企業の平均年収ランキングでは常に上位。

2019年3月期の平均年収は実に2110万円(平均年齢35.8歳)。

「今思えば彼が入社できたのは不思議ですが、キーエンスにはコネ入社は無いと言われます。筆記試験はありませんでしたが、適性試験があり、面接も3回か4回行いました」(同期入社の男性)

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  その後うまく辞めてくれたらしいけど

   彼を合格させたキーエンス面接担当者の

 「人を見る目の無さ」がスゴイ!  (^_^;)

 

詳細はここをクリック

 


NHKから国民を守る党

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 素晴らしい逸材ぞろいですね

  厳しい審査を通った方々

 なんでしょうね  (^_^;)

 


満州国皇帝の子孫?

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▲高貴な血筋、名大医学部→東大、医学博士、三カ国語堪能、そしてこの美貌

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 用事があって大井町に行きましたら

  JR駅のホームから見える広告の中に

 非常に珍しいお名前を見つけました

  満州国皇帝の愛新覚羅溥儀と同じですね

 世が世なら というお方でしょうか?  (^_^;)

 


ひばり邸の「三婆」(さんばば)

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▲故美空ひばりさんの家政婦の3人

辻村あさ子、斎藤千恵子、関口範子

 

 いい話だなぁ~

  ひばりさん お元気なら今82歳

 戦後の歌謡界が生んだ 二番目の天才

  一番はもちろん 藤圭子   (T_T)

 

日本の戦後歌謡史に大きな足跡を残した美空ひばり

6月24日30回目の命日に当たる。

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生前のまま残る東京・目黒区青葉台の自宅(現在は、美空ひばり記念館)には、住み込みで働いていた「おのり」「ちーこ」「あさこ」が今も住んでいる。

ひばり邸の「三婆」(さんばば)とも「妖精」とも呼ばれる3人。

ひばりの死後30年たっても、あのころのまま「『お嬢さん』が生きていた時と同じように」と暮らし続けている。

3人の朝は午前6時、仏前で火打ち石を打つことから始まる。

公私にわたってひばりを支えた母、喜美枝が、舞台へ向かう娘のために祈りを込めた習わしだった。

母の没後は、ひばりが仏前で打つようになって、その習慣を3人が引き継いだ。

耳のいいひばりは、台所のテーブルを動かす、わずかな音でも目を覚ました。

だから静かに、お嬢さんを起こさないように朝食の支度をする。

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「今朝の食事はいかがでしたか」。

食事を担当してきた「あさこ」が仏前で尋ねる。

返事はない。

だが「おいしかったよ」という言葉を夢想して、あさこはひとり、うれしくなる。

日中は、自宅に併設する記念館をファンが訪ねてくる。

身近で見てきたひばりの素顔を今に伝える「語り部」としての役割が、3人の仕事だ。

「お客さんに『ひばりさんがここにいて、迎えてくれたみたいだわ』

 なんて言われると、本当にうれしくて」

現場で付き人を務めた「おのり」の笑みがこぼれる。

ひばりの主演映画やコンサートの録画を3人で見る。

映像に合わせて誰ともなく歌い出す。

かわいらしい衣装や小物を見れば「お嬢さん、こういうの好きよね」などと語り合う。

「飽きる? いいえ、お嬢さんの話題は次から次に出てきますから」。

おのりとともに現場の付き人だった「ちーこ」が破顔する。

現在のひばり邸を新築する際、3人に個室を、という話もあった。

だが、固辞してそのまま、豪邸の隅っこ、10畳の和室で川の字になって寝る。

「お嬢さんが夢に出てくることは、ほとんどありません。夢でもいいからお話ししたいのに。なぜでしょう」と3人は口をそろえる。

長年、公私にわたって芸能活動を支えた3人を、ひばりは生前、とても大切にした。

ひばりの死後、誰も「辞める」と言わなかった。

「出て行け」とも言われなかった。

付き人として、ひばりと暮らしたあのころのまま、昨日と同じ今日を生きていたら、いつのまにか30年がたった。

これからのことなど考えたこともない。

明日も今日のように生きるつもりだという。

3人の夢、生きがいは、昔も今も「お嬢さんのそばにいること」。

おのりは言う。

「たった一つの願いがかなった人生です。私たちは本当に幸せです」

(以上、敬称略)

「おのり」こと関口範子さんは1940年(昭15)、「ちーこ」こと斎藤千恵子さんは37年、ともに東京都で生まれた。

「あさこ」こと辻村あさ子さんは50年生まれで静岡県出身。

いずれも熱烈なひばりファンだったが、ひばりの母、喜美枝さんに声をかけられて、住み込みで働くようになった。

おのりは商社勤務を経て61年、ちーこは66年から、ともに付き人に。

あさこは農協勤務を経て73年から料理係を務めた。

それぞれのあだ名は、ひばりがつけた。

現在は、東京都目黒区の美空ひばり記念館で案内係としても働いている。